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マンガで取り扱っている社会保障のテーマについて現役医師が解説します。
「王の病室」というマンガを知っていますか?
マンガ「王の病室」は、日本の医療制度と社会保障のゆがみを描き、高額療養費制度や現役世代の負担を考えさせる内容です。
月10万円で済む制度の裏に隠れた問題や、医療費を支える現役世代と高齢者の不均衡、そして医療者の働き方に疑問を投げかけ、読者に社会保障の在り方を問いかけます。
このマンガで出てくる「王」は、日本の患者全員のことを指します。
普通の人でも誰でも、王様と変わらない医療を受けることができるから「王の病室」というタイトルなのだと思います。
高額療養費制度と月10万円
高額療養費制度という制度を知らない人も多いのではないかと思います。
医療費は月額で約10万円を超えることがないという日本の社会保障制度です。
病院で診療を受けている人にとっては、とてもありがたい制度です。
米国では虫垂炎の治療に保険なしであれば600万円かかったという事例もあります。
実際に地域で医療費が変わるアメリカではニューヨークのマンハッタンで虫垂炎になると106万円以上の治療費がかかるということもよくあるケースのようです。
参考:損保ジャパン
https://www.sompo-japan.co.jp/kinsurance/leisure/off/tips/pc/02_usa/
しかし、保険制度の充実している日本では医療費はそんなにかかりません。
仮に入院中に合併症を起こして、医療費が増えたとしても、高額療養費制度のおかげで、自己負担は月10万円前後までしかかかりません。
どんなに高額な医療を受けたとしても、日本の病院で治療を受ける場合に法外な金額を取られることはないのです。
それは、高額療養費制度があるからです。
とても素晴らしい制度ですね。
とはいかないようです。
では質問です。医療費を「使っているのが誰で、この制度を維持しているのが誰」でしょうか?
答えは医療費を使っているのが「60歳以上の世代」で
制度を維持しているのが「20〜60歳の世代」です。
そして、実は金額だけをみると保険料と自己負担だけでは医療費をカバーできていません。
これを公表されているデータを用いて説明します。図は厚生労働省が公表している「年齢階級別1人当たり医療費、自己負担額及び保険料の比較(公的医療保険)(年額)」です。
横軸は各世代の年齢で、縦軸が医療費と自己負担+保険料です。
各世代がどの程度の医療費をもらっているのか?払っているのか?をグラフにしたものです。
20〜60代の現役世代はもらっている医療費 (グラフ赤) よりも払っている金額 (グラフ青) が大きく、60代以上では逆になっています。
そして、このグラフで注目すべきはもらっている医療費の総額の方が保険料+自己負担の総額よりも見た目に多くなっている(赤>青)ということです。
これを赤字国債で補填しているというのが現実です。
https://toyokeizai.net/articles/-/297988
つまり、維持できないシステムを赤字国債で補填している状況です。
高額療養費制度は「月10万円を払えばなんとかなる素晴らしい制度」というわけではなく、「高齢者の医療費を、現役世代や未来の子どもたちにその差額を払わせている」という解釈もできます。
もちろんお金の世界は複雑なので「赤字国債」=「未来の借金」と簡単に言い切ることはできませんけどね。
このことを知った上で、どれだけ医療費がかかっても月10万円で済む高額療養費制度は素晴らしい制度だと思いますか?
個人的にはそうは思いません。
医師のわたしにできることは、必要がないと思われる治療に関わらないことです。
そして実際に行動しています。治療ができる人が減ればその治療は廃れます。
高額療養費制度をそのまま維持することは正しいことなのか?これは利用するそれぞれが考えてほしいテーマです。
血漿交換療法、1回20万円
王の病室の中ではお金がかかる治療方法として血漿交換療法が取り上げられています。
1回20万円もかかる治療があるなんて…と思うかもしれませんが、そのほかにも医療にはお金がかかる治療がたくさんあります。
1回で終わるものから何回も繰り返すものまで様々です。
最近では1回の治療に数千万円から1億円以上かかるような治療も出現してきています。
身近な例を挙げてみると、血漿交換療法に似ている治療の血液透析は1ヶ月で約40万円、年間で約500万円程度がかかります。
もちろん、これも高額療養費制度のおかげで手出しは100万円以下です。
差額は約400万円ですね。
繰り返しますが、これを維持するのは現役世代や赤字国債です。
余談ですが、この高額療養費制度があるおかげで高額な医療をどれだけ使っても家計に影響はほとんどありません。
だから高額療養費制度のある日本で民間保険なんてほとんどの人に必要ありません。
高額療養費制度は素晴らしい制度なのでしょうか?少なくとも制度のあり方を考えなければならないように感じてなりません。
勤務医の医師の年収は大体1400万円
獄門院先生の名言です。
勤務医の年収はこれくらいです。
わたしもそうで、わたしの周りの医師もそうです。
専門医をとった10年目の医師くらいになると、年収1400万円で落ち着く人がほとんどで、勤務先以外の病院でアルバイトもしている医師は1500万円程度になることもあります。
年収は大体勤務先で決まります。
田舎の病院で勤めれば1400万円を超えることもありますし、ちょっと都会の病院に勤めると1000万円前後になることもあります。
そして、このことの問題点を一つ漫画の中で提示しています。
それは
名医であれば給料が高いわけではない
ヤブ医者であれば給料が安いわけではない
勤務地で給料が変わる以外に勤務医の年収を決める要素はありません。
やる気がなくても、ヤブでも医者になりさえすれば給料を稼ぐことができます。
主人公はそんな日本の医療制度に疑問を抱きます。
名医が評価されないということは、堕落が許されることです。
そんな制度を続けていたらいつか日本の医療はダメになる。
その通りだと思いますが、現実的にはそうなっています。
10年以上この医療界で勤務医として働いているわたしも同感です。
ただ、抜本的に医療制度を改革することは現実的にはまだむずかしいと思います。
患者さんのために頑張っても金銭的には、1円の得にもならない…
まぁ仕事ってのはお金だけじゃないし、人から感謝されることだってわたしの資産です。
もらっている金額で満足しているのでわたしはこのまま自己研鑽を続けようとは思いますが、そういう医師ばかりではないことも現実です。
このまま、この医療制度を続ければヤブ医者大量生産も遠くない未来かもしれませんね。
マンガ「王の病室」をきっかけに社会保障を考えよう。
マンガ「王の病室」は医療の中にあるゆがみの部分を積極的に題材にしてくれています。
実際に医療に当たっているわたしも読んでいて「その通りだよね」と思う部分が多くあります。
このマンガを通して、多くの人が医療費や社会保障を考える人が増えてくれたら嬉しいです。
残念ながら完結してしまいましたが、ぜひ読んでみてほしいマンガです。